Style Japan for Wanderout / 香遣

モダンな"香遣"

 

夏のアウトドアで一番苦手なのは「虫」という方も多いかと思います。

対策としては防虫スプレーとやはり防虫線香。しかし、その線香を焚く器については、アウトドアに適したもので、かつ景観を邪魔しないシンプルで美しいものはなかなかありません。家具デザイナーの小泉誠氏がデザインした「香遣」は、シンプルかつクリーンなアルミボディと、幾何学的な穴開けのディティールが美しい、モダンな蚊遣りです。ハンドル部分には籐が巻かれており、金属のクールな質感と自然素材のコントラストが秀逸。東京都墨田区の工場にてアルミの成形から籐巻きまで1点1点ハンドメイドで製作されています。ハンドルは折りたたみ可能で薄くなり、アルミなので落として割れる心配もなく、軽く持ち運びも簡単。灰が飛ぶこともなく、上から吊るすこともできるバランス機能を兼ね備えています。さらにインテリアにも自然と馴染むシンプルなデザインのため、家の中で1年を通じてお香やアロマなども愉しむこともできます。そのことから「蚊遣」ではなく「香遣 (かやり) 」と名付けています。

 

今回、Style JapanとWanderoutの特別なモデルの制作にあたり、あらためてプロダクトの背景を伺うべく、発案者であるイーオクト髙橋氏、デザイナーの小泉誠氏、製作に携わる「昌栄工業」昌林氏、「おみねらたん」小峰氏にインタビューを行った。

 

 

目次

|Style Japan for Wanderout / 香遣(動画)

|香遣が誕生するまで

|デザインは人との出会いから生まれるもの

|使い方を熟慮した緻密で繊細な手仕事

 

 

香遣が誕生するまで

 

Wanderout(以下W)

この香遺は、髙橋さんが自宅のテラスで過ごすことが好きで菊花線香を入れて使われていた蚊遣の中、現代の生活空間に合うデザインの良いものが見つからず、小泉さんに依頼してできたと伺いました。住まいの内と外を行き来する生活の中で、Wanderoutにとっても“香遣”はとても理想的なプロダクトでした。洗練されたデザインは、現代の生活空間とも似合い、家ではもちろんハンギングできるなどの機能もアウトドアでも秀逸。今回初めて別注をWanderoutと制作することになりましたが、何か取り組む決め手となるポイントがあったのでしょうか。

 

イーオクト髙橋

オリジナルや別注のお話は、たくさんいただきます。Wanderoutとの別注の決め手は、まずデザインというものの価値や意味を理解してくれていたこと。それから使い方や使い道において、開発の発端となった外と中で使えるものを、という思考が合致したことも重要なポイントでした。結果的に、私たちが作ったオリジナルの香遣からかけ離れることなく、デザイナーの小泉さん、弊社、Wanderoutの3者がいいと思える形に仕上がり、Wanderoutを通してキャンプなどアウトドアを楽しむ人たちにも、この香遣の魅力が伝わるきっかけにもなりました。

STYLE JAPAN for wanderout/ 香遣 5/18(水) 21:00〜発売

 

デザインは人との出会いから生まれるもの

 

W

モダンな形状、アルミの無機質な質感と自然素材の籐を組み合わせたのには何か特別な理由があったのでしょうか?

 

デザイナー小泉誠(以下K)

お話をいただいた時、まず初めに誰と作るかを考えました。人によって形も作り方も違いますし、同じ金属でも加工する人によって全く違うものになります。それから蚊遣の機能を考え素材は何がいいかを考えました。関わりのある素材としては南部鉄器、陶器、磁器、ガラス、ステンレス、アルミ。ただ陶磁器は割れる可能性がある、南部鉄器は重さが気になることを考慮し、アルミを提案させてもらいました。理由は、軽量で持ち運びができること。さらにアルミは環境素材であること。それもイーオクトさんのサステナブルの理念に合っていたから。

アルミを使うなら、僕がホーロー製品でお世話になっている“昌栄工業”と決めていました。昌栄工業は鉄のプレスを得意としていて、その技術はいろいろな素材で活かすことができます。何より、とても情熱がある人たちで、技術力だけでなく心意気もある人たち。ものづくりにおいては、技術と素材があるだけではダメで、心意気があるかどうかがとても大きなポイントだと僕は考えています。

香遣 3

金型から丹念に手作業で製作し、CADでは出せない美しい佇まいはここから生まれている(昌栄工業)

 

K

大まかな形は決め、デザイン的な要望と技術的なアイディアを双方で出し合い、製造に無理なく、蚊遣としての機能がより良くなる方法を一緒に探し、試行錯誤を繰り返しながら作っていきました。籐巻きのアイディアは持つところがアルミのままでは手にも目にも痛いので、急須ややかんに巻かれている籐巻きから着想を得た形です。たまたま昌栄工業の近くで籐家具や籐製品を作っている“おみねらたん”をイーオクトのみなさんが見つけ依頼してくれ話をしに行きました。結果的にアルミの工業製品感を和らげ、籐があることで工芸的な匂いも出ました。とても情緒的な商品になったと思っています。

香遣 4

籐を扱う美しい所作は、江戸時代から受け継がれる伝統工芸(おみねらたん)

 

W

吊るすというアイディアはどこから生まれたのでしょうか?

 

K

形をデザインする時に、従来の性能以外のことを思い浮かべることが多いです。自分たちだったらどう使うかももちろん考えました。今まで蚊遣を吊るすことはなかったけれど、吊るすと邪魔にならないし、香りと人の関係も、いいかもしれないと。陶磁器やガラスだと落とした時に割れる心配がある。南部鉄器は重たくて吊るせない。吊るすというアイディアは、アルミだからできる一つの機能になりました。最初の提案で、自在駒にこの香遣を吊るしたデザイン画をお見せしました。その時に自在駒も作りたいというお話だったので、このプロジェクト、実はまだ途中段階なのです。

 

吊るした佇まいは、唯一無二の機能美

 

W

今回の香遺をはじめ、デザインやものづくりにおいて拘っている、譲れないこととは?

 

K

僕は何を作るかというところから始めないようにしています。まず誰と作るか。誰かと出会わないうちにデザインをしてはいけないと思っているデザイナーです。出会った人が求めているときに、僕らが手を貸すという感覚。蚊遺もイーオクトさんからこういうものが欲しいという希望をいただいたのがきっかけでした。一緒にものを作るということは、人とのお付き合いを長く続けていくこと。製品が出来上がった時が終わりではなくて、自分たちの作るものは、僕自身や製作に関わる会社が育っていく過程にあるもの。そう築いていく関係性があった上で、ものは継続して作られていく。プロジェクトは一緒に成長していく、お互いがどう成長していくかというところにも面白味があると思います。今回の香遺は、新たにトライすることで、新たに知り得るものも多かった。お互いが納得する形を選んできたからこそ、いい製品が生まれていきますし、それが持続していくコツなのかなとも思います。アイディアを双方が出し合い、より良い解決策を見つけてトライアンドエラーを繰り返し作り上げる。一つの商品を作り上げる上で、いい製品が生まれる=いい関係性が生まれるはイコールなのです。

 

W

オリジナルはシルバーですが、別注のブラックを見たときの印象はいかがでしたか?

 

K

このプロジェクトでは適切なところにどう落とし込むかが大切だと思っていました。アルミの色見本をたくさん見てまず思うことをみんなで出し合い、一度見て。を繰り返して決まったのがこのブラックでした。ブラックの中でも微妙な色の差、コストが高くなるからやめようということもなかった。時間もかかったし、大変なこともあったけれど、みんなで悩んで決めた色。その途中のプロセスが、とてもいい過程を踏めたとも思っています。結果的に色、工程、コスト、すべてにおいて理にかなったものになりました。このブラックはとても気に入っています。落ち着いた印象があって、南部鉄器のような重厚感もあるけれど、持ってみるとすごく軽い。生活の風景の一つとしてずっと置いてあるときの佇まいも良い。オリジナルのシルバーは、カジュアルな印象があります。こちらは内と外をフットワーク軽く使いまわせると思うので2つ持っていても役割の振り分けができそうですよね。

香遣 6

使い方を熟慮した緻密で繊細な手仕事

 

W

モダンな香遣には、たくさんの拘りが詰まっていると伺いました。具体的なポイントを教えてください。

 

「昌栄工業」昌林(以下S)

我々は“絞り”と呼ばれる技術を得意としています。デザイナーの小泉さんとは長い付き合いで、香遣のお話を伺った時から、こんな風に拵えていきたいのかなと想像しました。なので、一度形を作り上げて小泉さんに提案し、その形をベースに仕上げていきました。

香遣 7

香遣 8

S

収納部は、まっすぐ上に立ち上がるように一枚の平らなアルミをゆっくり丁寧に手作業で抜き絞りしています。抜き絞り、立ち上がった部分を削るとエッジができ、そのままでは怪我をしてしまう。エッジをただ丸くするとデザイン性を損ねてしまう。クールなデザインは崩さず、使う時に怪我をしない。そのギリギリの線を狙って整えています。

香遣 9

S

蓋の裏面には、ヤニが付いた面が直接テーブルに触れないよう、少し浮かせるための突起が付いています。このキリッとした突起は皆様のアイデアとデザインと加工技術が組み合わさった、この香遣ならではの機能ですね。蓋の表面にも工夫があって、一瞬まっすぐに見えますが、実は少し膨らみを持たせています。そうするとまっすぐ見えて高級感が出る。逆にまっすぐに作ると凹んで見えるから不思議です。そうやって僕らからこうした方が良いんじゃないかと提案したり、小泉さんやイーオクトさんからの提案や相談に、技術面で答えながら作り上げていきました。すべて手作業で作られているからこそ実現できる、見た目だけでは分からない繊細なこだわりのポイントがたくさん詰まっているのが、この香遣の最大の魅力かもしれません。

香遣 10

技術的アイデアから生まれた突起

 

W

取っ手部分に籐巻きがあることで印象がぐっと和らぎます。内と外の持ち運びなど頻繁に使っていく中でも籐が解けないようにするのは、どんな技が詰まっているのでしょうか?

 

「おみねらたん」小峰(以下O)

取っ手部分の幅に合うよう細く切った藤を一度水に浸してから巻きます。巻いていく時の絶妙な力加減と、スピード感、リズム。やっていくうちにルーティンに近い感覚が手に残ります。調節する時ただ引っ張ってもダメで、締まる方向に引っ張る。籐には弾力性と、粘りと、強さがあるので、その素材の特性を生かして調節するのも大切なポイントです。一方向に巻いていくと、どうしても斜めになってしまう。それも巻き終わった後に表面がきちんと水平になるよう整えます。最初に籐を水で湿らせるのは、そういう調整がしやすくするため。乾くときちんと締まるという優秀な特性が藤にはあるのです。籐は自然素材。あらゆる自然環境には対応できるくらい強い植物です。解けてこないのは、そういう籐の特性を理解した上で、適したものに素材として採用しているからというのはもちろん、培ってきた手仕事の感覚で工程を踏んでいくからこそ美しい仕上がりにつながってくると思います。

香遣 11

香遣 12

W

時代を経て受け継がれてきた手仕事ならではの技術。次の世代へ伝え継続していくために必要なこととは?

 

O

戦国時代には武具として、江戸時代には土瓶釣、花活、枕など日常的に用いる物が作られ始め、明治・昭和は生活の実用品として、ゆりかごや子供椅子など広く普及して行った籐製品ですが、普及と同時に輸入製品が増え、国内の職人が著しく減少していきました。職人側に継承していきたい思いはあっても、家業だから継ぐという時代でもないですし、職業として若い人を育てていくのは難しい。職人の世界では人を育てて一人前と言われていますが、まだ育てられていない私はいつまでも一人前になれないのかもしれないです(笑)。そういった後継者不足や、物価の高騰など様々な問題は抱えたままですが、自然素材の良さ、品質の確かさは強く求められていて、伝統工芸品としての価値が見直されているのも事実。やりたいと手をあげてくれる人や今回のような機会があれば、積極的に交流して、人も伝統技術もうまく育てて助け合っていくことが大切な時代なのかもしれません。

香遣 13

香遣 14

今回はモダンな"香遣"の誕生から生産の背景にある、メイドインジャパンの製品のこだわりそして細やかさと心意気。墨田区に時代を経て継承されてきた手仕事から生まれるデザイン哲学について、アイディア、デザイン、作り手の3つの視点から話を伺いました。

 

Wanderoutは「人と自然が共生する社会のための羅針盤となる」ことを目指しスタートしたプロジェクト。Journalでは、プロダクトの紹介やライフスタイルについての記事に加えて、特集として、私達がお手本としたい活動をされている方々にお話を伺い、これからの生き方を学び、みなさんとシェアしていきたいと考えています。

 

 

END

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